積極経営により沿線バス路線を廃止に追い込んだ「平成筑豊鉄道」乗車記!【筑豊ローカル線 耐久13時間 徹底乗り潰しの旅!③】

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はじめに


2005年8月20日7時54分、新大阪駅からおよそ10時間をかけて夜行快速列車のムーンライト九州号で博多駅へと到着した私は福岡県内に在住する友人と合流し、福岡県筑豊地区のローカル線徹底乗り潰しの旅を決行することにした。

乗車する路線は、筑豊本線、後藤寺線、平成筑豊鉄道、筑豊電気鉄道、篠栗線、香椎線の6路線でこれらの路線を普通列車のみを利用して1日間で完全乗車を果たす。全路線の乗車にかかる所要時間はおよそ13時間だ。

2005年8月の旅では、8月19日10時30分に名古屋駅を出発してから、名古屋臨海高速鉄道あおなみ線、樽見鉄道線へ乗車をし、そのまま新大阪駅からムーンライト九州号に乗車し博多まで遠征をしてきたことから、博多駅到着時点で既に21時間30分ほど連続して鉄道に乗り続けていたが、ここからさらに13時間筑豊地区の鉄道に乗り続けることからこの度での鉄道への連続乗車時間は34時間30分ほどに達する見込みとなっている。

博多駅からは原田駅で筑豊本線(原田線、副他ゆたか線)に乗り換えて新飯塚へ。そして、新飯塚からは後藤寺線へと乗り継ぎ、平成筑豊鉄道糸田線の起点である田川後藤寺駅へと向かった。


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▲博多駅に到着したムーンライト九州号


目次


1.平成筑豊鉄道とは


平成筑豊鉄道は、旧国鉄特定地方交通線の伊田線・糸田線・田川線の3路線を引き継いで開業した第三セクター鉄道だ。

単行の軽快気動車が主力車両として運行されている点においては典型的なローカル線ではあるが、第三セクター会社への転換後には運転本数・駅数ともに旧国鉄および転換前のJR時代の約2倍に増やすなど積極経営に転じた結果、沿線エリアで運行していた西鉄バスからの利用者を囲い込むことに成功し、バス路線を廃止に追いやったという逸話のある鉄道路線だ。

鉄道の定時性や速達性はバスにはない大きな強みであることから、平成筑豊鉄道の事例は、そうした鉄道の強みをターゲットとする顧客層のニーズにフィットするような形で攻めの経営姿勢に転じることが出来れば、バス路線をも廃止に追い込むことが出来るという地方鉄道活性化の貴重な事例として考えることができるだろう。

今回は、田川後藤寺駅から3時間弱をかけて平成筑豊鉄道の糸田線・伊田線・田川線の3路線全てに乗車する計画だ。当時の平成筑豊鉄道では、全線乗り放題の1日フリーきっぷが1,000円で販売されていたことから、今回はこの乗車券を購入して乗り潰しを行うことにした。


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▲フリーきっぷ


2.6.8kmのミニ路線・糸田線


糸田線について


平成筑豊鉄道糸田線は、福岡県田川市の田川後藤寺駅から同県田川郡福智町の金田駅との間の6.8kmを結ぶ単線非電化の鉄道路線だ。糸田線は田川後藤寺駅から金田駅間の全線にかけて、2kmほど先の場所で伊田線と線路が並行して敷かれているのが大きな特徴となっている。

平成筑豊鉄道糸田線もその前身はJR後藤寺線と同じで筑豊炭田から産出される石炭輸送のために明治時代から昭和初期にかけて私鉄路線として建設された鉄道で、国有化までは産業セメント鉄道や豊州鉄道が経営に携わった。

糸田線の運行本数は多く、後藤寺線と同程度の30分~1時間間隔で列車の運行がされており、朝ラッシュ時間帯を中心に伊田線に直通する直方行の列車も設定されている。なお、田川後藤寺駅のある田川市は約5万人、直方駅のある直方市は約6万人の人口を擁している。


糸田線で田川後藤寺から金田へ


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▲金田行普通列車


後藤寺線で田川後藤寺駅に到着したのは11時6分のことで、ここからわずか4分間の接続時間で11時10分発の金田行へ乗り換える。平成筑豊鉄道のフリーきっぷは車内で購入可能とのことだったので、金田行の列車に乗車後さっそく運転士さんからフリー切符を購入。その場で、マジックによりフリーきっぷに日付が記入されて手渡された。

平成筑豊鉄道で使用されていた気動車は、富士重工業が第三セクター鉄道向けに製造していたLE-DCと呼ばれるタイプの軽快気動車で、田川後藤寺駅から乗車した車両は、100形という16m級セミクロスシート仕様車であった。この当時他には、LE-DCタイプ車体の18m級セミクロスシート仕様車の200形、18m級ロングシート仕様車の300形の3種類の車両が運用されており、いずれも1989年の平成筑豊鉄道の開業当時からの車両であった。

そして、発車時刻の11時10分をむかえ列車は定刻通りに田川後藤寺駅を発車した。列車は田川後藤寺駅を発車すると、彦山川の支流である中元寺川を下流方面に向かって住宅街の中を進行。糸田町の中心駅である糸田駅を通り、人口約2万人を擁する福智町の金田駅へは12分ほどで到着した。


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▲日豊本線にはUSA駅があるがこちらはカナダ駅


3.かつては石炭列車が行き交った全線複線の伊田線


伊田線について


平成筑豊鉄道伊田線は、福岡県直方市の直方駅から同県田川郡福智町の金田駅を経由して同県田川市の田川伊田駅に至る全長16.1kmkmの複線非電化の鉄道路線だ。筑豊炭田から産出される石炭を若松港や戸畑港に輸送する目的のため、明治時代に私鉄である筑豊興業鉄道により建設された鉄道路線で、その後の国有化を経て明治時代末期の1911年には直方~伊田(現:田川伊田)間の全線が複線化されている。

平成筑豊鉄道に転換後も、金田駅から分岐していた三井鉱山専用鉄道からのセメント輸送のため貨物列車が金田~直方~門司港~外浜間に運行されていたが、三井鉱山がセメント事業から撤退したことにより、2004年3月末限りで廃止された。なお、貨物列車が乗り入れていた外浜駅周辺の貨物線は2009年に門司港レトロ観光線として再生され、平成筑豊鉄道がトロッコ列車の運行を行うこととなった。

伊田線の運行本数は多く、昼間時間帯は直方~金田間が1時間あたり2本運転で、このうち1本が田川線に直通し行橋行となっていた。金田駅からは、この直方駅を始発駅として金田駅にやって来た行橋行の普通列車に乗車して、一気に終点の行橋駅へと向かう。


伊田線で金田から田川伊田へ


田川後藤寺駅から平成筑豊鉄道糸田線で金田駅へ到着したのは11時22分のことで、金田駅では4分の接続時間の後、11時26分発の行橋行へと乗り換える。金田駅から行橋駅までの所要時間は57分だ。ここまで原田駅から、原田線、福北ゆたか線、後藤寺線、平成筑豊鉄道糸田線と乗り継いで金田駅までやって来ることが出来たが、筑豊地区の各路線は接続待ちの時間が短く設定されており、乗り継ぎがスムーズだ。

直方駅から金田駅にやってきた車両はロングシート仕様の300形であったのは若干残念ではあったが、金田駅からは分かれていく糸田線の線路を横目に見ながら、彦山川を上流方面に向かって住宅街の中を田川伊田駅へと向かう。金田駅から田川伊田駅までの距離は6.3kmと短く所要時間は12分ほどで田川伊田駅へと停車した。

田川伊田駅はJR日田彦山線との乗り継ぎ駅でもある。列車は田川伊田駅で2分間の停車の後、そのまま田川線へと直通して行橋へと向かう。なお、田川伊田駅と糸田線の起点である田川後藤寺駅まではJR日田彦山線では隣駅同士であり2.6kmしか離れていない。


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▲左の単線が糸田線で、右の複線が伊田線


4.筑豊炭田と苅田港を結ぶ役割を担っていた田川線


田川線について


平成筑豊鉄道田川線は、福岡県田川市の田川伊田駅から同県行橋市の日豊本線・行橋駅に至る全長26.3 kmの単線非電化の鉄道路線だ。伊田線の田川伊田駅までは複線であったがここからさきの行橋駅までは単線区間となる。田川線も筑豊炭田の石炭産業と大きなかかわりがあり、伊田線が筑豊炭田の石炭を福岡県北部の若松港や戸畑港に輸送する目的で建設されたのに対して、こちらの田川線は石炭を福岡県東部の苅田港に輸送する目的で明治時代に建設された。鉄道建設はこちらも私鉄である豊州鉄道によるものであったが。明治時代末期には国有化されている。

田川線の運行本数は全線を通しで運行する列車が1時間間隔で、田川伊田駅から行橋駅までの所要時間は43分だ。また田川線では、全線を通しで運行する列車の他に、朝と夕の時間帯限定で犀川~行橋間での区間列車の設定がされている。


田川線で田川伊田から行橋へ


11時40分、列車は定刻通りに田川伊田駅を発車し、しばらくは小倉方面に向かってJR日田彦山線の線路と平行した区間を走る。そして、平成筑豊鉄道田川線の線路上のみにホームのある上伊田駅を過ぎると線路は右手に大きく分かれ、田川市側の直方平野と行橋市側の京都平野を隔てている山地の谷間へと分け入っていく。

ここから先の区間については、貴重な構造物も多く残されており、内田間~赤間にある煉瓦と石で造られた三連アーチ橋の内田三連橋梁と源じいの森~崎山間にある九州最古の鉄道トンネルである第二石坂トンネルはは1999年から国の登録有形文化財に登録されている。

線路は今川に沿った谷間を抜け、あたりの景色が開けるとそこは行橋市のある京都平野だ。やがて列車は行橋市の市街地へと入り右手側から日豊本線が合流。そして、線路は高架線区間へと入り眼下に行橋市の市街地が見え始めたところで列車は12時23分終点の行橋駅へと到着した。

到着した列車は6分後に折り返し列車となることから今度はこの折り返し列車に乗り、金田駅での乗り換えを経て一気に直方駅まで向かう。


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▲到着した行橋駅


5.田川線・糸田線を一気に乗り通し直方へ!


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▲行橋駅の中間改札口


行橋駅は、1998年に完成した近代的な高架駅舎で、平成筑豊鉄道田川線は、切欠きホームである5番線に発着をしており、高架のホーム上には中間改札が設けられていた。

わずか6分間の折り返し時間中、博多駅から大分駅に向かう特急列車の白いソニックがやってきたので、平成筑豊鉄道の軽快気動車と一緒に写真を撮ることが出来た。

行橋駅を12時29分に発車する折り返し列車は金田行で金田駅までの所要時間は59分。金田駅では3分間の接続時間で直方行へと乗り換えて終点の直方駅へと向かうう。

京都平野に位置している行橋駅から今度は今川を上流方面にさかのぼり、田川伊田駅のある直方平野との間を隔てている小さな山地を越えて、金田駅へと再び戻ってきたのは13時28分のこと。

行橋駅から乗ってきた車両は、金田駅では直方行となる車両のすぐ後ろ側へと停車し同一ホームでスムーズに乗り換えをおこなうことができた。なお、行橋から金田まで乗ってきた車両は、車両の前半分のみがホームにかかるという状況となっていたのが面白かった。


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▲金田駅での乗り換えの様子


金田駅からは平成筑豊鉄道最後の未乗区間を制覇する。ここから直方駅まではわずか9.8kmで、金田駅周辺の市街地を過ぎると平坦な彦山川沿いの田園地帯を一気に駆け抜け、わずか20分ほどで終点の直方駅へと到着することができた。


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▲到着した直方駅ホーム


平成筑豊鉄道の直方駅は、JR線の乗り場とはやや離れた場所にホームが設置されており、駅舎もJR駅の跨線橋の下のわずかなスペースにこじんまりとした施設が設けられていた。


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▲平成筑豊鉄道 直方駅舎


石炭輸送全盛期の直方駅は、13本の仕分け線が設けられた筑豊地区の石炭輸送の拠点駅であった。筑豊炭田の各地からやってくる石炭車はここで行き先別に編成しなおされ、若松・西八幡・上戸畑の各港へと送り出されていた。

駅構内にはヤードには照明灯が設けられ、昼夜を分かたず列車を送り出す作業が行われていたそうだが、そうした駅構内のヤード跡地は2001年の電化開業時に真新しい電車区へと姿を変えていた。

直方からは筑豊電気鉄道へと乗り換えて、筑豊直方から黒崎駅前までの完乗を果たす。


6.この日の行程


  • 博多 8:03発 → 南福岡 8:13着(鹿児島本線1131M)
  • 南福岡 8:25発 → 原田 8:37着(鹿児島本線・快速三井グリーンランド号1323M)
  • 原田 9:19発 → 桂川 9:47着(筑豊本線6622D)
  • 桂川 9:51発 → 新飯塚 10:01着(福北ゆたか線2628H)
  • 新飯塚 10:45発 → 田川後藤寺 11:06着(後藤寺線1549D)
  • 田川後藤寺 11:10発 → 金田 11:22着(平成筑豊鉄道318D)
  • 金田 11:26発 → 行橋 12:23着(平成筑豊鉄道2223D~2424D)
  • 行橋 12:29発 → 金田 13:28着(平成筑豊鉄道2425D~5240D)
  • 金田 13:31発 → 直方 13:51着(平成筑豊鉄道1242D)
  • 筑豊直方 14:29発 → 黒崎駅前 15:04着(筑豊電気鉄道)
  • 黒崎 15:11発 → 折尾 15:15着(鹿児島本線・準快速4357M)
  • 折尾 15:30発 → 若松 15:49着(筑豊本線6530D)
  • 若松 16:00発 → 直方 16:53着(筑豊本線6529D)
  • 直方 17:03発 → 吉塚 17:55着(福北ゆたか線4655H)
  • 吉塚 18:11発 → 香椎 18:19着(鹿児島本線・快速3186M)
  • 香椎 18:22発 → 西戸崎 18:45着(香椎線772D)
  • 西戸崎 18:54発 → 宇美 19:57着(香椎線773D)
  • 宇美 20:10発 → 長者原 20:25着(香椎線784D)
  • 長者原 20:30発 → 博多 21:02着(福北ゆたか線2669H)




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