はじめに
2005年の年末も差し迫った12月23日、私は東北各地の未乗路線の乗り潰しを果たすため北海道&東日本パスで再び遠征へと出た。
この時の目的路線は、白新線、陸羽西線、陸羽東線、気仙沼線、石巻線、仙石線、仙山線、左沢線、山形鉄道フラワー長井線、米坂線の8路線で、旅の始まりは白新線から羽越本線に直通する新潟発村上行普通列車であった。
今回はそんな2005年の年末に新潟から東北各地を巡った旅の様子を1つずつ綴っていきたい。
目次
1.越後赤塚発村上行普通列車に新潟駅から乗車!
今回の旅のトップバッターとなる列車は新潟駅を7時34分に発車する村上行の普通列車だ。実はこの列車は新潟駅が始発ではなく、始発駅はなんと越後線の越後赤塚駅となっている。
この越後赤塚発村上行普通列車(列車番号1925M)は、越後赤塚駅を6時58分に発車し越後線を経由して新潟駅に7時30分に到着。新潟駅では4分間の停車を経たのち7時34分に発車し今度は白新線に入り新発田駅へ。
新発田駅には8時11分に到着し11分間の停車時間を経て8時22分に発車し、ここからは羽越本線へと入り終点の村上駅には9時02分に到着するというダイヤで運行されていた。
列車は、115系電車の5両編成で、新潟駅には通称キムワイプと呼ばれていた白地に緑色の帯をベースとする2次新潟色の2両編成を先頭に、白地に水色の帯をベースとした3次新潟色の3両編成を従えて入線。
今回の旅ではこの列車に新潟駅から乗車し、白新線全線と羽越本線を経由して村上駅までを乗り通す。
2.新潟~新発田間は白新線!
7時34分、列車は定刻通りに新潟駅を発車すると白新線へと入り、新幹線の高架橋に沿うような形で新潟の市街地の中を新発田方面へと向けて進んでいく。
白新線は、新潟県新潟市の新潟駅から同県新発田市の新発田駅までの27.3kmを結ぶJR東日本の幹線路線だ。全線が直流1500Vでの電化路線となっており、新潟から秋田・青森方面へと向かう特急列車や貨物列車の主要ルートともなっている重要路線である。
新潟駅から9.6km先の新崎までが複線区間でその先の新発田駅までが単線区間となっている。また、路線名が「白新線」であるのは、越後線の白山駅を起点として新発田駅までを結ぼうとした当初計画に由来しているそうだ。
新潟の市街地の中をしばらく進むと、やがて進行方向右手側にいくつもの側線が分岐し始め広大なコンテナホームが車窓に広がり始めると列車は東新潟駅に到着する。東新潟駅はJR貨物の新潟貨物ターミナル駅の他、上越新幹線の新潟新幹線車両センターも隣接している。
東新潟駅を発車し、大形駅を過ぎると全長1200mの巨大な阿賀野川橋梁で阿賀野川を越え新崎駅へ。ここから先が単線区間となる。
新崎駅を過ぎたあたりから車窓には、うっすらと雪化粧した広大な水田地帯の風景が広がり始めたと思うと再び大きな市街地に入り、白新線の主要駅である豊栄に停車。
そして、豊栄駅を発車すると車窓には広大な水田地帯と小さな市街地の風景が交互に入れ替わり、列車は定刻通り8時11分に新発田駅へと到着した。新発田駅では11分間の停車時間がある。
3.新発田~村上間は羽越本線!
新発田駅では11分間の停車時間があったことから一旦列車を降りて駅改札口で切符に途中下車印をもらうことにした。新発田駅は新津駅と秋田駅を結ぶ羽越本線とここ新発田駅と新潟駅を結ぶ白新線との分岐駅でもあることから幹線主要駅としての風格がある駅だ。
村上行の列車は8時22分となり定刻通りに新発田駅を発車しここからは羽越本線へと乗り入れる。新崎駅から新発田駅までの白新線は単線であったが、新発田駅からは2駅先の金塚駅までは束の間の複線区間となる。
羽越本線は、新潟県新潟市(旧新津市)の新津駅から同県新発田市の新発田駅を経由し、日本海沿岸を経て秋田県秋田市の秋田駅までの271.7kmを結ぶ幹線路線で、新津~村上間の59.4kmが直流1500Vによる電化区間で、村上~秋田間の212.3kmが交流20000V50Hzによる電化区間となっている。
羽越本線の新発田~秋田間は、数駅ごとに複線区間と単線区間が入り乱れる路線となっていることが大きな特徴で、これは当初は新発田~秋田間の全区間で複線化が計画されていたものの国鉄時代の財政悪化などが原因となり全線複線化の工事は凍結。現在のような数駅ごとに複線区間と単線区間を繰り返す特徴的な路線形態となっている。
列車は引き続き越後平野に広がる雪化粧した水田地帯の中を進んでいく。途中の岩船町駅では地元農協の倉庫と思われる建物に手書きの「ズバリ言うわよ岩船米う~」看板が見えたことが印象に残っている。
当時、TBS系列のテレビ局で占い師・細木数子による人生相談番組『ズバリ言うわよ』が毎週火曜日の21時から放送されており好評を博していたこと、またグルメタレント石塚英彦がバラエティ番組などで美味しいという表現をするために「まいう~」という言葉をよく発していたことから、これらの言葉を掛けて地元岩舟米を、岩船町駅を通過する鉄道利用者にPRしようとしているものと思われた。
なお、地元の方の情報によるとダンディ坂野がブレイクした2003年はこちらの看板に「匠が作った岩船米ゲッツ!」と書かれていたらしい。JAカミハヤシ青年部は流行に敏感でユーモアがある。
そして、そんな米どころ新潟県の越後平野をひた走り、越後平野北端部に位置する村上駅へと到着したのは定刻の9時02分のことであった。
4.終着の村上駅!
村上駅は直流電化区間と交流電化区間の境となっている駅で、交直切替のデッドセクションは村上駅から秋田方面に向かった間島駅との間に設けられている。
このため、新潟方面から運行されている普通列車は直流専用電車であることからすべてこの村上駅で折り返しとなる。
また、村上駅から先の区間は普通列車の本数が激減することから、村上駅では乗車券と自由席特急券を別購入し特急いなほ号へと乗り換え鶴岡駅までショートカットし、次の目的である陸羽西線との乗換駅である余目駅まで向かうことにした。
なお、村上駅にはちょうどこの3日前である12月12日に自動改札機が導入されたばかりのようで、改札機横には自動改札機の導入を示す「お知らせ」が掲示されていた。
村上駅舎は昔懐かしい国鉄型の鉄筋コンクリート平屋駅舎であったが、ちょうどこの前年の2004年にリニューアル工事が施された様子で、駅舎の外見はモダンなものに一新されていたことが印象的であった。
次回に続く
この記事へのコメント